コンタクトプラザDo スタッフブログ

邂逅(かいこう)

更新日時:2020/10/02

   1966年6月、私が小学校1年の時にビートルズの日本公演を偶然TV見てすごいなあと思いましたがその後は、ビートルズと無縁でした。中学1年生の時にラジオから全米No.1になった「GET BACK」という流れてきました。

 軽快なリズムと迫力に脳に衝撃が走り感動したのを憶えいます。レコードがシングル400円、LP2,000円のころ、こずかい2000円の全てをつぎこみレコードを買いあさり、へたくそなバンドを組んで演奏したりで完全にビートルズにのめり込んでしまいました。

 今思うとその事があったおかげで感性がみがかれビートルズを通じて友人増えたように思います。コンタクトレンズとの出会いも仙台にある眼科医院を面接した際、院内に流れていた曲がビートルズだったので気持ちよく面接ができてめでたく合格。職場は変わり現在に至っています。家内と一緒になれたのも家内がビートルズのポールマッカートニーの大ファンだったきっかけ意気投合して結婚することができました。

ビートルズは、友人、職場の仲間、かけがいのない人たちと出会うきっかけ与えてくれました。ビートルズとの邂逅は私の人生を大きく変えました。

 私は、古川中央眼科にある「邂逅のモニュメント」が大好きです。

 

 

*邂逅:「思いがけず出会う」事を意味する表現です。

皆さんも人物、芸術などで思いがけない出会いがなかったか思い起こしてみてください。

 

☆ スタッフ 河本 ☆

赤い服

更新日時:2020/08/28

 私の朝は2匹の犬の散歩から始まります。毎日散歩するコースに3~4年前からあるモノが住み着いて困っています。その困ったモノとは『蜂』です。蜂が木の中に巣を作り、ブンブン音を立てて飛び回っているのです。蜂と言えば黒い色に反応すると聞きますよね。そこで私は何故か『赤なら大丈夫』と決めつけ、赤色の服を着て散歩することにしました。   

 

               

 

 赤い服を着ているせいか蜂に追いかけられる事は一度もなく、毎日安心して散歩が出来ています。また赤を着ている為でしょうか、周りから『若いですね』と声を掛けられ、40歳を過ぎた私は気分が上がります。

 

 

   

 

 変化という点では今まで赤は自分に似合わないと決めつけ、黒系の服を主に着ていましたが、蜂のおかげで苦手も無くなり、ちょっと跳び抜けた服もありますが赤を着る事で『前より明るくなった』と友人に言われ、自分でも自然とチカラが湧き上がるように感じ気に入っています。

 皆さんも赤に限らず、いろんな色にチャレンジしてみては如何でしょう。

 気分もアップしてよいですよ♪

 

    

 

☆ スタッフ 千葉 ☆

 

「舞妓さんちのまかないさん」

更新日時:2020/07/17

趣味は読書です。と話せたのは既に何年か前の話・・・ここ1~2年でどんどん手元が見づらくなりお洒落な言い方をすればリーディンググラスが必要になってからは

活字離れが加速するばかりです。そんな私でも読めるのは、漫画本。子供達が買ってきた本を、どんなことに興味があるのかとパラパラ読んでいます。なかには「駄目だ、理解不能…」とページを閉じることもあれば面白くなり、そのまま新刊が出るたびに「貸してー」と言い続けることもあります。そのひとつが「舞妓さんちのまかないさん」です。

中学卒業後、舞妓さんを目指して故郷の青森から京都にやってきたキヨちゃんとすーちゃん。

すーちゃんは踊りの練習に常に真面目に熱心に取り組むうえ、とことん自分に厳しく、人一倍努力をします。踊りのお師匠さんからは”100年に1度の逸材”と言われる存在になります。一方、キヨちゃんは練習中にボーっとしていることが多く、お師匠さんに叱られ隅っこに座って見学する日々が続きます。お稽古が終わり屋形と呼ばれるおうちに帰ってからは、落ち込むこともなく叱られた事を台所のおばちゃんに話しながらお手伝いをする日々です。半年後、キヨちゃんは舞妓さんには向かないと判断され青森に帰るように言われます。とても残念がるすーちゃんと、あまり気にしないキヨちゃん。荷物をまとめ青森に帰る準備を始めようとした時に、いつも話を聞いてくれていた台所のおばちゃんが倒れてしまいます。

数日間は店屋物やお弁当で済ませていましたが、屋形のみんなが、そんな食事に飽き飽きした時にキヨちゃんが手際良く台所に残っていた食材でご飯を作ってあげます。あんなに踊りの練習は苦手だったキヨちゃんですが、青森でおばあちゃんの手伝いを常にしていたので家の中の仕事は得意で、その後おばちゃんの代わりに『まかないさん』となり屋形に残ることになりました。

”今夜も元気に舞妓さんでいてもらうこと。それが私のおしごとです。”みんなのお腹を満たします。劇的なストーリー展開はなくキヨちゃんの日常が描かれているだけですが、凄くホッとさせてくれます。

 

スタッフ*平

 

 

 

 

 

 

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    邂逅(かいこう)

    更新日時:2020/10/02

       1966年6月、私が小学校1年の時にビートルズの日本公演を偶然TV見てすごいなあと思いましたがその後は、ビートルズと無縁でした。中学1年生の時にラジオから全米No.1になった「GET BACK」という流れてきました。

     軽快なリズムと迫力に脳に衝撃が走り感動したのを憶えいます。レコードがシングル400円、LP2,000円のころ、こずかい2000円の全てをつぎこみレコードを買いあさり、へたくそなバンドを組んで演奏したりで完全にビートルズにのめり込んでしまいました。

     今思うとその事があったおかげで感性がみがかれビートルズを通じて友人増えたように思います。コンタクトレンズとの出会いも仙台にある眼科医院を面接した際、院内に流れていた曲がビートルズだったので気持ちよく面接ができてめでたく合格。職場は変わり現在に至っています。家内と一緒になれたのも家内がビートルズのポールマッカートニーの大ファンだったきっかけ意気投合して結婚することができました。

    ビートルズは、友人、職場の仲間、かけがいのない人たちと出会うきっかけ与えてくれました。ビートルズとの邂逅は私の人生を大きく変えました。

     私は、古川中央眼科にある「邂逅のモニュメント」が大好きです。

     

     

    *邂逅:「思いがけず出会う」事を意味する表現です。

    皆さんも人物、芸術などで思いがけない出会いがなかったか思い起こしてみてください。

     

    ☆ スタッフ 河本 ☆

    赤い服

    更新日時:2020/08/28

     私の朝は2匹の犬の散歩から始まります。毎日散歩するコースに3~4年前からあるモノが住み着いて困っています。その困ったモノとは『蜂』です。蜂が木の中に巣を作り、ブンブン音を立てて飛び回っているのです。蜂と言えば黒い色に反応すると聞きますよね。そこで私は何故か『赤なら大丈夫』と決めつけ、赤色の服を着て散歩することにしました。   

     

                   

     

     赤い服を着ているせいか蜂に追いかけられる事は一度もなく、毎日安心して散歩が出来ています。また赤を着ている為でしょうか、周りから『若いですね』と声を掛けられ、40歳を過ぎた私は気分が上がります。

     

     

       

     

     変化という点では今まで赤は自分に似合わないと決めつけ、黒系の服を主に着ていましたが、蜂のおかげで苦手も無くなり、ちょっと跳び抜けた服もありますが赤を着る事で『前より明るくなった』と友人に言われ、自分でも自然とチカラが湧き上がるように感じ気に入っています。

     皆さんも赤に限らず、いろんな色にチャレンジしてみては如何でしょう。

     気分もアップしてよいですよ♪

     

        

     

    ☆ スタッフ 千葉 ☆

     

    「舞妓さんちのまかないさん」

    更新日時:2020/07/17

    趣味は読書です。と話せたのは既に何年か前の話・・・ここ1~2年でどんどん手元が見づらくなりお洒落な言い方をすればリーディンググラスが必要になってからは

    活字離れが加速するばかりです。そんな私でも読めるのは、漫画本。子供達が買ってきた本を、どんなことに興味があるのかとパラパラ読んでいます。なかには「駄目だ、理解不能…」とページを閉じることもあれば面白くなり、そのまま新刊が出るたびに「貸してー」と言い続けることもあります。そのひとつが「舞妓さんちのまかないさん」です。

    中学卒業後、舞妓さんを目指して故郷の青森から京都にやってきたキヨちゃんとすーちゃん。

    すーちゃんは踊りの練習に常に真面目に熱心に取り組むうえ、とことん自分に厳しく、人一倍努力をします。踊りのお師匠さんからは”100年に1度の逸材”と言われる存在になります。一方、キヨちゃんは練習中にボーっとしていることが多く、お師匠さんに叱られ隅っこに座って見学する日々が続きます。お稽古が終わり屋形と呼ばれるおうちに帰ってからは、落ち込むこともなく叱られた事を台所のおばちゃんに話しながらお手伝いをする日々です。半年後、キヨちゃんは舞妓さんには向かないと判断され青森に帰るように言われます。とても残念がるすーちゃんと、あまり気にしないキヨちゃん。荷物をまとめ青森に帰る準備を始めようとした時に、いつも話を聞いてくれていた台所のおばちゃんが倒れてしまいます。

    数日間は店屋物やお弁当で済ませていましたが、屋形のみんなが、そんな食事に飽き飽きした時にキヨちゃんが手際良く台所に残っていた食材でご飯を作ってあげます。あんなに踊りの練習は苦手だったキヨちゃんですが、青森でおばあちゃんの手伝いを常にしていたので家の中の仕事は得意で、その後おばちゃんの代わりに『まかないさん』となり屋形に残ることになりました。

    ”今夜も元気に舞妓さんでいてもらうこと。それが私のおしごとです。”みんなのお腹を満たします。劇的なストーリー展開はなくキヨちゃんの日常が描かれているだけですが、凄くホッとさせてくれます。

     

    スタッフ*平

     

     

     

     

     

     

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